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少し古いニュースだが小沢民主党党首の発言「駐留米軍は第7艦隊で十分」に関して私なりの考察をしてみたい。(公設秘書逮捕の件は政局には重大な影響があるだろうが、私としては余り関心がない)

考察をする前に私なりの安全保障を述べたい。

従来の一般的な意見をあげれば以下のようになると思う。
1)日米安保条約が日本の防衛の十分条件だから、日米関係を最優先すべきという意見。
2)我々は戦後60年戦争をしない事により、平和に繁栄してきたから憲法9条を厳守すべきという意見。
3)日本も自立した国家として、軍事力を(外交カードとして)用い、自国の国益を追求すべきという意見。

私の考えでは、日本の最大の安全保障政策は経済大国であり続ける事と思っている。
また、1)2)3)がそれぞれ相対立するわけではなく、それぞれのベクトルを合成するのは可能である。また経済大国であればあるほど、トレード・オフする部分があっても各ベクトルをより大きくする事はできる。
この考えのもと、時局に応じ、各ベクトルを変え、例えば北朝鮮がロケットを発射すれば3)のベクトルを大きくしつつ合成させれば、よりよい防衛をする事ができる。
もう少し具体的に言えば
1)に関しては優先度を変える。優先であるが日米の国益は完全に一致しないから、同意できない部分が生まれる。端的に言えば同盟関係があっても、必ずしもアメリカの戦争は日本の戦争とは言えない。
2)に関しては憲法9条を拡大解釈していく。平和は日本一国だけでは成立しえないから、憲法に寄り添うだけでは平和は生まれない。国連の安保理合意にも寄り添う必要はうまれる。
3)に関しては、国民が憲法の上位にあるから、国民の生存権は憲法の規定を越える。
故に、1)に戻れば、中国やロシアへの相互確証破壊を持つ米国との同盟は必要になる。
しかし、米国は北朝鮮の核を容認しているので、日本独自の北朝鮮への確証破壊を考える事は国民の生存権を守る意味で必要になる。とは言え、日本が核武装する事は外交的に困難である。
従って独自の核基地先制攻撃能力を持つ必要がある。

上記の観点からすれば、小沢氏のこれまでの発言から抽出できる防衛観は私の防衛観と大部分を重ねる事ができる。
小沢氏の従来の主張は周辺事態法のなし崩しの拡大解釈により、世界各地で、自衛隊が米軍の兵站を受け持つ事は法治国家としてはあり得ない事。故に新たな歯止めとして国連安保理の合意を
自衛隊派兵の必要条件とする事。

そして、ヒラリー国務長官との会談での、日米は対等なパートナーとして、世界戦略を話し合い、それぞれの部分を受け持つ事。中国問題で一番の要点は中国の民主化である事。北朝鮮は核のカードを手離さない事。以上は、ブッシュ政権からオバマ政権に変わり、イラクからの撤退が始まり、これ以上無謀な戦いを米国はしないだろうと小沢氏が判断した事による変化だと思われる。
そして、直近の講演での拉致の(部分的)解決は経済援助で行う事。

発言は従来よりも対米関係において踏み込んでおり、アフガンでの「テロとの戦い」への日本の関与を思わせる。ただ、ヒラリーと会う事を望まなかった事からもわかるように、政権の組み合わせによっては政策合意が変化する事は小沢氏の折込ずみなのだろう。

結局、小沢氏と私の考えの違いは対北朝鮮問題に対するアプローチだけとなる。
六カ国協議が問題解決にはつながらない事を前提にするが戦争による解決は排除する(これは同意)また、核と拉致問題の根本解決は非常に困難である事を認識。

では、小沢氏は無謀な北朝鮮(先軍政治と首領経済による自由化の困難。それによる核廃棄の拒否と、脅威を再生産する事による経済援助要求の継続)にどのように対処するのか?
社民党との連合を前提にすれば、経済援助による拉致問題の改善(さらなる数名の解放)しか、当初はないだろう。

私の考えは、日本の先制攻撃能力を増やす事による、米、中、露、韓への圧力という選択肢を増やすべき事。これは北朝鮮の核は容認できても、それに伴い日本が自立的な軍事大国になる事を他の国は望まない事による。但しこれは正当防衛行為のみで、その他の軍事的行為は安保理の合意にリンクさせなければならない。つまりは、北朝鮮の無理に日本の道理をリンクする事により、日本の要請を軽視した時のデメリット、日本の軍事(防衛)大国化という選択肢を作る事。
さらには北朝鮮が核を廃棄し拉致被害者を解放すれば、最大限の経済援助するというメリットまでの選択の幅を作る事を狙いとする。

まあ、私のような選択肢を作れる政党連合は今の日本にはあり得ないから、現実にはデメリットはかなり微温的なものになり、小沢氏の考えに重なるのだろう。

結論として、小沢氏の政策枠組みは今の日本では最善とは言えないが、かなり信頼できるものといえる。

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新自由主義は市場という神の手に任せればすべては上手く行くという、根拠の不確かな信念から成り立っている。その中の主要となる理論の一つにトリクルダウン理論というものある。

ウィキペディアから引用すると
『富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透(トリクルダウン)するという経済理論
あるいは経済思想である。「金持ちを儲けさせれば貧乏人もおこぼれに与れる」ということ
から、「おこぼれ経済」とも通称される。現状では、マクロレベルでのパイの拡大が、
貧困層の経済状況を改善につながることを裏付ける有力な研究は存在しないことから
「トリクルダウン仮説」とも呼ばれる。』
そしてこの延長上に小さな政府論がある。

主流派の経済学者たちはこの理論を前提にしている。金融政策で経済の調整が済めば
時間(機会コスト)も手間(政策コスト)もかからず、政府を大きくする必要もないというところだろう。
末端の国民一般は富の雫がこぼれ落ちて来るのを気長に待てばいいという事になる。
ところが、問題なのは日本の名目GDPがこの15年、全く成長していない事にある。

一般に、経済成長は穏やかなインフレ下で実現している。
これは多くの国がインフレであり、金融政策によりインフレを穏やかにして、成長が継続して来た
という歴史的な事実がある。一方、デフレ下の日本一国が成長しなかったのだからこの主張は
妥当性が高い。だからデフレからは脱却しなけばならなくなる。
しかし現在のデフレ不況は伝統的な金融政策では解消困難で、非伝統的な手法へ踏み込み、
それでも足りなくて、大幅な財政政策をも主張するのが、昨今の経済学者の傾向だ。
まあ、規制緩和(構造改革)すれば経済は成長するなどという一部のトンデモ識者は、この際、
無視する事にする。

しかし、その政策のつけである増税や、上層から雫が落ちてくるまで収入減による経済苦で
より苦しむのは下層の国民だ。
一方、金融の緩和でバブルが生じ、富をより多く築けるのは上層で、バブルが破裂すれば税金で、
より救済されるのも上層という事になる。
この事実を無視して、国民一般が金融を含む経済政策に無関心すぎる、と嘆く識者が多いが
余りにもナイーブ過ぎるのではないか。

南米社会を見ると、平等化政策を進め、国民一般の所得を増やし、その結果起きるインフレを
金融政策や民営化で調整するという方向だ。これは、主は国民の生活にあり、経済政策は従で
あるという当たり前の考え方から来ている。
増して、日本の場合、有り余る供給力があるので、国民の労働報酬を上げた所で中々需要不足は
引き起こせない。つまり、日本には国民の権利を拡大し、労働報酬を増やす余地が充分にある事
がわかる。そして、これが内需拡大を起こす前提になる。

結局、国民の生活を重視するという当たり前の事を忘れているから、経済政策をひねり回し、
問題の解決が難しくなる。

我々は当たり前の事をするべきで、神の雫なんていらないのだ。



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